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親鸞聖人のご生涯第5章では法然上人のもとで過ごした親鸞聖人の様子をうかがっていきたいと思います。
タイトルの「
当時、法然上人は吉水の地を拠点に活動していたそうです。
吉水の地は現在、安養寺というお寺のある場所が吉水草庵跡として伝えられています。
そこで、親鸞聖人が法然上人とともにおられた時期を「吉水時代」と表現してみました。
『選択本願念仏集 』の書写と肖像画の作成
法然上人のもとには色んな身分や立場の人が集まっていたようです。
兼実は関白として朝廷の中枢にいた方です。
直実は源平の戦いの中、若武者
その他にも庶民から盗賊まで。
あらゆる立場の人が集い、本願念仏の道を歩んでいました。
親鸞聖人はそのような環境に身を置いたのです。
『選択本願念仏集』の書写

吉水時代は特に喜びに満ちた時期だったと想像します。
元久2年(1205)には法然上人の主著『選択本願念仏集』の書写を許されました。
大勢の門弟でも書写を許されたのは数人だけだったと言われています。
しかも法然上人は書写した本に自ら加筆もしてくださいました。
「選択本願念仏集」というお題や「南無阿弥陀仏」の六字などを書いてくださったそうです。
法然上人の肖像画の作成

法然上人の肖像画を作ることも許されました。
完成した肖像画には「南無阿弥陀仏」や
これらの出来事は師匠から認められたことを意味しているでしょう。
比叡山での修行で感じた挫折を通して万人の救われる道に出遇った親鸞聖人。
そんな自分の歩む道として本願念仏の道を指し示してくださった法然上人。
親鸞聖人にとって法然上人に認められたことは、この上ない喜びであったと思います。
信行両座 と信心諍論
吉水では門弟たちが思いをぶつけ合うこともあったようです。

仲間たちと色んな議論を交わしたのぉ
『親鸞伝絵』には「信行両座」と「信心諍論」と呼ばれる出来事が伝えられています。
信行両座
「
大事なのは信心か、それとも念仏行か。
門弟たちのあいだで白熱した議論になりました。
信心が大事だという人は仏さまのご本願に対する信心が定まることを重んじます。
念仏行が大事だという人はお念仏に励むことを重視します。
信心と念仏のどちらが大事なのか大議論になったのです。

難しい問題ですから、立場を決めかねる門弟も多かったようです。
最後に、法然上人が信心の立場をとって決着したということです。
信心諍論
「
ある時、親鸞聖人がこのようなことを言いました。

法然上人の信心も私の信心も、ただ一つ(同じ)です
すると、その場にいた他の門弟が反論したのです。
「お師匠である法然上人の信心と弟子である親鸞の信心が同じであるはずがない!」と。
その言葉に対して親鸞聖人はこう答えました。

どちらの信心も、ともに阿弥陀さまより頂いた他力の信心だから同じなのです
やりとりを聞いていた法然上人はこうお話されました。
他力の信心は、善悪の凡夫ともに仏のかたよりたまはる信心なれば、源空(法然)が信心も、善信房(親鸞)の信心も、さらにかはるべからず、ただひとつなり。
(「他力の信心」というのは、善人も悪人もともに阿弥陀さまがくださる心であるから、私の信心も親鸞の信心も変わりはありませんよ。同じですよ。)
『親鸞伝絵』(筆者意訳)
信心とは阿弥陀さまより頂戴するので、人によって違いはないということです。

吉水ではこうした議論がたびたび行われたようです。
『
『法然上人伝記』には弟子の誤った見解を正す法然上人の姿が出てきます。
思いを語り合い、時に議論する。
そして、法然上人にたずねていく。
親鸞聖人は仲間とともに本願念仏の道を確かめる日々を過ごされたようです。
よきひとに出遇う
法然上人のもとで充実した日々を送った親鸞聖人。
『
それはただ単に素晴らしいお師匠さんに出遇えたという話ではありません。
法然上人との出遇いを通して本願念仏に出遇った。
ここに大きな意味があったのだと思います。

法然上人との出遇い、それは本願念仏との出遇いでもあったんじゃ
月をさす指のたとえ
真宗七高僧のお一人、
人が指さして、私に月を教えてくれました。
それなのに指ばかりを見て月を見ないのでは何にもなりません。
せっかく月を教えてくれたのであれば、月を見ましょう。
『教行信証』化身土巻より引用 筆者意訳
法然上人は月を指さしてくれました。
「指さした月」というのが、私の救われていく本願念仏です。
法然上人とお出遇いした親鸞聖人。
お師匠さんとの出遇いはそのまま本願念仏との出遇いとなりました。
本願念仏との出遇いは、ますます法然上人への信頼を厚くしていったことでしょう。
感謝の思いも深まったことでしょう。
先にご本願に出遇った念仏者に出遇う。
教えと師匠、二重の出遇いを通して本願念仏の道が受け継がれたのです。
私たちも日々いろんな方にお出会いします。
その方は私に大事を知らせる方だったのではないか?
せっかく素晴らしい方に出会ったのに気づかずに過ごしてはいまいか?
日ごろの在り方が問われているようにも感じるお話です。
合掌

- 『浄土真宗聖典 -註釈版 第二版-』本願寺出版社 2004年
- 『真宗史料集成 第7巻』同朋舎出版 1983年。
- 『法然上人伝全集』井川定慶編 法然上人伝全集刊行会 1952年。
- 『親鸞』赤松俊秀著 吉川弘文館 2000年 新装版第8刷。
- 『親鸞』平松令三著 吉川弘文館 1998年。
『選択本願念仏集(選択集)』の書写を許された時はうれしかったのぉ。
法然上人の肖像画を持てたことも忘れられん喜びじゃ。