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お盆の起源【藤井大樹師】


はじめまして、広島で活動している藤井大樹です。

今回は「お盆」についてご紹介します。

「お盆」の時期はいつ?

私の地域広島県ではお盆といえば8月

親戚が集まりご飯を食べたり花火をしたりして集まる楽しい行事ですよね。

そんな楽しい「お盆」ですが、他の地域の方とお話すとどうも話がかみあわない時があります。

詳しく話を聞くと、お盆と聞いて頭に思い描いている時期が違っていたのです。

小さい頃から「8月中旬がお盆」と思っていただけに、お盆が8月だけじゃないことを知った時、ちょっとしたカルチャーショックでした。

現在、お盆の時期は3つに分かれているといわれます。

1.七月盆

7月15日におこなうお盆。

東京周辺や東北地方に多い風習です。

2.八月盆

8月15日におこなうお盆。

北海道と本州南半分を中心に広がっています。

3.旧暦盆

旧暦の7月15日におこなうお盆。

東北、関東北部、中四国、九州方面など様々な地域に広がっています。

お盆が3つの時期に別れた理由

なぜお盆が地域によって3つの時期に別れたのか調べてみると、どうやら暦の改変に理由があったようです。

もともとお盆は旧暦7月15日に行われる行事でした。

ところが明治が新暦を採用したことによって、3つの時期に分かれたといわれています。

同じ地域であっても一定ではないのでとてもややこしいですが、違いがあるのはおもしろいですね。

では、もう少し詳しくお盆の由来について学んでみましょう。

お盆の起源 〜『仏説盂蘭盆経』〜

お盆は「盂蘭盆会うらぼんえ」という言葉からきているとのこと。

盂蘭盆会
うらぼんえ
」は仏教の行事ですが、中国では538年、日本では606年におこなわれた記録が残っています。

その「盂蘭盆会
うらぼんえ
」は『仏説盂蘭盆経ぶっせつうらぼんきょう』にもとづいて始まったといわれています。

仏説盂蘭盆経
ぶっせつうらぼんきょう
』には何が書いてあるのか気になりますよね。

内容を要約するとこんな感じになります。

お釈迦さまのお弟子に、目連尊者(もくれん・そんじゃ)というお弟子がいました。

目連さんは、すごい超能力のようなすごい力を持っていました。 

ある日、目連さんは亡くなったお母さんがどうしているのか気になり、超能力で見てみることにしました。

すると、お母さんは餓鬼道という所で苦しんでいるではありませんか。

喉を枯らして飢えている。

目連さんが超能力で食べ物を差し出すけれど、口の直前で炎となって炭となる。

どうしてこんなことに。

目連さんは師のお釈迦さまに相談しました。

すると教えられたのは目連さんの小さい頃の話でした。

お母さんは幼い目連さんが喉を枯らさないよう・飢えないようにちょっと意地悪をしてしまったことがある。

どうも今の状況はそのせいらしい。

お釈迦さまは目連さんに、「すべて修行者たちに食べ物をお供えしなさい」と言いました。

目連さんはその通りにすると、修行者たちは大喜び。

その喜びがお母さんのいる餓鬼道まで伝わり、お母さんの口にも食べ物が入りました。

ダイジェストすぎて「盂蘭盆」という言葉が分かりません。(原典を読むことをオススメします)

『仏説盂蘭盆経』には「盂蘭盆」を、「供物を入れるお盆」の意味で使っています。

ということは、「盂蘭盆=供物を入れるお盆説」なのですが、これでは「盂蘭」という言葉が説明できません

「盂蘭盆=供物を入れるお盆説」を否定し、中国で定説になったのは、「盂蘭盆=ウランバナ説」でした。

この説は「一切経音義」に初出します。

それによれば、サンスクリット語に「ウランバナ=逆さ吊り」という言葉があるそうです。

そして盂蘭盆会という法要は、地獄や餓鬼に落ちて逆さ吊りの苦しみをうけている祖先をすくう「倒懸救苦とうけん・きゅうく」の行事である、とのこと。

この説は中国や日本に広く伝わりました。

シルクロードを伝わったウルバン説

「盂蘭盆=ウランバナ説」は有力な伝承ですが、祖先を供養する大切な行事を、逆さ吊りと呼ぶという違和感は残ります。

そこに一石を投じたのは、仏教学者の岩本裕いわもとゆたかさんでした。

1968年に「目連伝説と盂蘭盆」の中で、次のように論を立てます。

  • サンスクリット語にウランバナという言葉がない。
  • 逆さ吊りを意味する「倒懸」に関する語句が、お経に全く出てこないのはおかしい。

ただインドの伝承に、供養をしてくれる子孫がいない死者は、餓鬼になって倒懸の苦を受けるというものがあり、その言葉がウランバナに似ていなくもない。

「一切経音義」の著者・玄應はそんなインドの伝承から「盂蘭盆=ウランバナ説」を立てたのでは。

そのように岩本さんは推測しています。

「盂蘭盆=供物を入れるお盆説」でもない。

「盂蘭盆=ウランバナ説」でもない。

そんな岩本さんが結論として立てたのは、、、

「盂蘭盆=ウルバン説」

ウルバンとは

ウルバンとはソグド語で「霊魂」を意味します。

なんで中国でもインドでもないソグド語が出てくるの?となりますよね。

ソグド人は今のウズベキスタン・サマルカンドを中心とした地域に住んでいた人々です。

  • シルクロードの交易に携わっていたソグド人の商人が、自分たちのおこなっていた祖先の霊魂(ウルバン)を供養する行事仏教といっしょに中国に伝えた
  • それが中国で盂蘭盆の行事になった

これが「盂蘭盆=ウルバン説」です。

以下は11世紀のイスラム世界の知識人でウズベキスタン出身のアル=ビールーニーの残した「ある祭り」に関する記録です。

この祭りの間、人々は食物を故人たちの廟堂の中に置き、飲み物を家の屋上に置く。

かれらの先祖の霊は、この祭りの間には処罰の場所を離れて、供えられた供物の所にきて、その力を吸引しその風味を味わう。

かれらはそう信じている。

人々は杜松を燃やしていぶすことで、目に見えない祖先と一緒に、その芳香を嗅ぎながら家族や親族と一緒に団欒するのである。

日本のお盆とよく似ています

最近はこの「盂蘭盆=ウルバン説」が有力になり、百科事典などにも載っています。

中国から日本へ

中国でのお盆

中国での「盂蘭盆会」の最初の記録は、西暦538年。

仏教を守護した武帝の時代に盂蘭盆会がおこなわれたというものです。

それから盂蘭盆会は7月15日におこなわれましたが、中国では同じ7月15日には道教の「中元」の行事が行われていました。

盂蘭盆会のお供え物に畑の作物が多いのは、畑作地帯の収穫祭であった「中元」の影響があるそうです。

日本に伝わったお盆

日本で一番古い「盂蘭盆会」の記録は、西暦606年7月15日

ただその法要の名称は、「斎会さいえ」でした。

「盂蘭盆会」という名称の法要は、657年には飛鳥寺でおこなわれた記録があり、その後朝廷の恒例仏事となり民間に広がっていきました。

日本ではもともと、1月と7月に先祖供養の行事・魂祭たたまつりがありました。

そこに盂蘭盆会が習合することで、日本の「お盆」が形成されていったようです。

昔の記録に、お盆の様子が時系列で載っています。

  1. 7月1日。地獄の釜の蓋が開く。亡くなられた方が出てきはじめる。
    この日を「盆はじめ」として準備に取り掛かる。
  2. 7月7日。七日盆(なぬか・ぼん)と呼ばれる。
    仏壇・仏具の掃除。盆棚に飾る花を山から取ってくる日。
    七夕はお盆に関係する行事が独立したものといわれ、この日を「盆はじめ」とするところもあるそうです。
  3. 7月13日、夕方。家の門口や墓地で迎え火を焚いて先祖をお迎え。
    法要をおこなう。
  4. 7月15日(16日)、夕方。送り火を焚いて先祖を送り、お盆終了。

地域によっては二十日盆という言葉があったり、24日のお地蔵さまの縁日を「地蔵盆」と呼ぶ風習があったりと、さまざまです。

広島の盆灯籠

宗派による「お盆」のとらえかた

以上が「お盆」について私が教えてもらったこと・調べたことです。

繰り返しですが「諸説あり」です。

拙い所・至らない点はご容赦ください。

最後に気になるのが、「お盆」のとらえかたです。

これは宗派によって違います。

私は浄土真宗の僧侶ですが、浄土真宗には浄土真宗的「お盆」観があります。

そして宗派の教義の枠に収まらない地域の「お盆」観もあります。

お盆、奥深し!

身近な僧侶にお聞きくだされば、みなさんよろこんでお答えくださると思います。

コラム執筆者

藤井大樹師

広島県在住の浄土真宗本願寺派僧侶。アコースティックユニット「星と樹」でも活躍。
日々の暮らしが気づきに満ちたものになるようなお話を心がけ、仏教讃歌や童謡・歌謡曲を通して、仏さまのこころをお伝えします。

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