浄土真宗の宗祖である親鸞聖人の物語がここからはじまります。
これから12章にわけて親鸞聖人のご生涯をご紹介していきます。
まずは親鸞聖人がお生まれになった時代から順を追ってみていきましょう。
親鸞聖人の誕生
親鸞聖人は平安時代末期の承安3年(1173)春の頃、日野の里で誕生されました。
日野の里は現在の京都市伏見区にあたり、JR京都駅から南東に直線距離で7〜8kmぐらいの場所です。
縁のあるご旧跡として日野家の氏寺である法界寺や日野誕生院があります。




親鸞聖人が幼いころの名前は「
父の日野有範は「
藤原鎌足の子孫であることが『親鸞伝絵』や『日野氏系図(専修寺本)』に記されています。
母の吉光女は源氏の流れをくむ方であったと伝えられています。

親鸞聖人誕生のころの世相
親鸞聖人お誕生ごろの世相に目を向けてみましょう。
平家全盛の時代
当時は平家全盛の時代でした。
保元の乱・平治の乱で活躍した平清盛の権力が急速に高まり、その一族も高位高官についていました。
「平家にあらずんば人にあらず」
という有名な言葉のもとになった「この一門にあらざらん者は、みな人非人たるべし」もこの頃の発言です。
しかし、平家の栄華も源氏との争いの中で衰退していきます。
争乱の中、治承4年(1180)には
世の中は貴族に代わり武士が実権をにぎる武家政治へと大きく変わろうとしていたようです。
源氏の台頭
元暦2年(1185)には源頼朝が壇ノ浦で平氏を滅ぼしたことで時代は大きな転換期を迎えます。
鎌倉幕府が成立し、全国に守護地頭を置いて本格的な武家政治が始まりました。
京都の町はあいつぐ戦乱によって荒廃した上に、地震や大火が続いたようです。
さらには飢饉や疫病によって死体があふれ、まさに地獄の様相であったと伝えられます。
鴨長明は養和年間(1181~1182)ごろの様子を次のように回想しました。
仁和寺におられた僧侶で隆暁法印という人は、飢饉で無数の人々が亡くなっていくことを悲しみ、死人の頭が見える度に額に「阿」という字を書いていきました。
仏との縁を結んで成仏するようにと願われたのです。
その「阿」の字を書いた死者の数を知ろうとして、4月と5月の2ヶ月間を数えてみたそうです。
すると平安京の東半分の死人の数は全部で42300人あまりありました。
この2ヶ月の前後で亡くなられた方、その他の地域で亡くなられた方を合わせれば数え切れないほどになるでしょう。
『方丈記』筆者意訳
人々はまさに生き地獄ともいうような不安や苦しみの世を生きていかなければなりませんでした。
それだけに、何をよりどころとするか、何のために生きるのか、という問いは切実な問題であったにちがいありません。
親鸞聖人はこうした時代に産声をあげ、歩みを始めたのでした。
五濁の世に生まれた親鸞聖人
当時の世相に目を向けたとき、親鸞聖人の詠われた「正信偈」の句が浮かびます。

五濁悪時群生海 応信如来如実言
五濁の世に生きる者よ。
お釈迦さまの教えて下さった本願念仏の教えを信じて生きていこうではないか。
『教行信証』より(筆者意訳)
五濁とは劫濁・見濁・煩悩濁・衆生濁・命濁の5つの濁りです。
時代の荒波の中で、誤ったものの見方が広がり、欲や怒りが盛んになる。
人としてのありようがおかしくなり、いのちまでもが濁っていく。
それが五濁の世です。
五濁の世にこそ本願念仏の教えを
『仏説阿弥陀経』に諸仏方がお釈迦さまを讃える場面があります。
お釈迦さまが讃えられた理由は「五濁の世に一切世間難信の法(念仏往生)を説いたから」です。
五濁の世に生きる者にこそ本願念仏の教えが必要ということでしょう。
親鸞聖人はまさにそのような世の中に誕生され、本願念仏の道を歩まれました。
仏さまの教えの如くに歩まれたのが親鸞聖人であったように感じます。
その親鸞聖人がお生まれになって800年以上の時が流れた現代。
大国同士の争いに振り回され、新たな破壊兵器の登場に恐怖を感じる時代となりました。
「自分さえ良ければ」という自己中心的なものの見方や欲望が膨らみ続ける世の中となってはいないでしょうか。
技術の進歩で便利になった反面、想定外の事態には不安やもろさが露呈し、分断・差別・貧困によって人が人を傷つけるありさま。
私たちはさまざまな課題を抱えた世の中を生きています。
悩み苦しみがあるのは今の時代も同じです。
今、私たちにも本願念仏をよりどころとした歩みが必要なのではないでしょうか。
次の章では親鸞聖人のお得度についてご紹介します。

- 『浄土真宗聖典 -註釈版 第二版-』 本願寺出版社 2004年
- 『真宗史料集成』第7巻 同朋舎出版 1983年
- 『詳説 日本史研究』 山川出版社 2004年
- 『日本史年表 第四版』 岩波書店 2004年
- 『方丈記 現代語訳付き』 鴨長明 簗瀬一雄=訳注 角川学芸出版 2013年(電子書籍版)
- 『平家物語 上巻』 佐藤謙三=校注 株式会社KADOKAWA 2014年(電子書籍版)
この記事を書いた人

香川県在住の真宗興正派僧侶。本山布教使。
ゆっくりとやわらかな口調のお話で、お念仏の教えと身近な話題とのつながりがわかりやすいと評判。
私が生まれたころは平家が力を奮っておったんじゃ。